駄文



ヨーグルート・ライフ

変身













ショート・ショート

『 変身 』

 イズとオズは双子だった。毎日同じことをしていた。暗い森の奥が好きだった。光を奪われた世界には、変わりに窮屈な安堵が溢れていた。葉が幾重にも遮り、鬱蒼と密着する木々に挟まれるところで遊ぶのが好きだった。高いところから耳に鳴る森のざわめきは静寂に似通っている。殷々なヴォイスは自分たちのものだった。  イズは大樹の根っこの表皮を剥ぐのに夢中だった。分厚いのを捲り上げると、何かの声に聞こえてくる。ギリリリギリリリ。蝉の声だとイズは思ったけれど、オズはそうは思わなかった。だって根っこから蝉が鳴くのは気味悪いもの。オズは根っこの窪みにすっぽり収まって、おとなしく露を待っている。
「今日は誰が来るんだろう?」
 イズは不安になった。いつも誰かが双子の邪魔をしにやってくる。昨日はチロルだったし、その前はフロルだった。
「それはイズが決めればいいさ」
 オズは奇妙に落ち着いている。それはイズの苛立ちを徒に募らせた。イズはオズに頼るのが嫌だった。誰が来ようとも我慢しようと唇を結んだ。
「こんばんは。今日は何をしているんだ?」
 昼夜関係ない挨拶で現れたのは少年だった。イズやオズよりも背の高い少年。名前は知らない。そしていつも、誰かが来るとオズは逃げてしまう。今だってもう消えた。イズはひとり残されて、オズに対する憎しみを恐怖に代えた。でも、オズに早く帰ってきて欲しいと願った。願いながら耐えていた。イズにはわかっていたから。オズが〈変身〉していること。それなのに、何を考えているのかちっともわからない。双子なのに。
「アンタの方がわかってないのよ!」
 いつの間にか女の子も来ている。くるくるオレンジ巻き毛の小さな女の子。でも口調は大人っぽい。イズはますます怖くなった。女の子は口いっぱいに文句を云っているようだ。けれど、イズには聞こえなかった。森の声に気を取られていた。それでも片寄った耳の奥には嘯いたヴォイスが侵入してくる。キャアキャアしつこく鳴いている。頭がキャラメル・パイの縁飾りみたいに、捻れるんじゃないかと思ったほどだ。
「ちゃんと聞かなくちゃだめだよ」
 今度はイズとオズのお兄さんがそこにいた。穏やかな笑顔が貼り付いている。イズはもう何も云えなかった。オズ、オズ、今はどこにいるの?
「どうしたの、イズ」
 ああ、オズが帰ってきた。イズはやっと安心したけれど、根っこに埋まるオズの顔を見て、極限のヴォイスを発した。蝉、猫、梟、鼠、ボーイソプラノのどれでもないヴォイス。オズはイズの顔だった。オズは根っこを毟るのをやめて、
「どうしたんだ、イズ」
 背の高い少年の真似をした。
「どうしたのよ、イズ」
 くるくる巻き毛を指に絡ませた。
「どうした、イズ」
 お兄さんは眼鏡を外した。
 オズの〈変身〉。イズは木に登ろうか土を掘って隠れようかと考えた。
「ぼくたちは双子だもの」
 オズの〈変身〉はオズを象った。イズは怖かった。オズは目まぐるしく〈変身〉を繰り返す。止まらない。きっと永久に止まらない。イズは指先までふるえた。
 少年、
「まとまればいいんだ」
 女の子、
「ひとりになればいいのよ」
 お兄さん、
「濁ってしまうのはよくない」
 オズ、
「つまり、誰を選ぶかだ」
 イズ、
「ぼくはオズがいい」
 背の高い少年、イズに、
「君が消えればいい」
 くるくるオレンジ巻き毛の女の子、イズに、
「アンタが死ねばいいのよ」
 眼鏡を再び掛けたお兄さん、イズに、
「必要とされるか、不必要で終わるのか」
 イズと双子のオズ、イズに、
「つまり、君は選ばれない」
 イズにはわからなかった。オズの〈変身〉は続く。
「まだ決着つかないのか?」
 チロルもつまらなさそうだ。
「まだ森から出ないつもり?」
 フロルが欠伸をする。
 イズには森のざわめきしか聞き取れなかった。根っこの先端からも葉っぱの気孔からも蝶々の粉からも声が漏れる。そしてヴォイス。異常なヴォイス。ブツブツ、ヒソヒソ、ケラケラ、ガヤガヤ、ガッチャンガッチャン、バッタンバッタン、ヒラヒラ。
 気づいたら、〈変身〉オズは逃げた後だった。イズは、根っこ剥がしを続けるか、家に帰るか、しばらく迷ったけれど、やがて立ち上がった。
「結局ぼくが選ばれた」
 今ではちっとも怖くなかった。  


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